積立金と現場作業員のW不足 五輪後の2022年がX年 タワマン修繕クライシス 2018.12.8 週刊東洋経済「マンション絶望未来」より
タワーマンションの大規模修繕ラッシュが、目の前に迫っている。
不動産経済研究所の集計によれば、1990年代まで首都圏における20階建て(60メートル)以上のタワーマンション(以下、タワマン)の竣工棟数は、年間に多くとも10棟前後だった。それが2000年になると一気に31棟まで増え、03年からはさらに急増。以後、年間50棟以上のタワマンが建ち続けた。タワマンの大規模修繕工事の周期は14~15年といわれる。このため、今まさに大規模修繕の”適齢期”を迎えたタワマンが大量に発生しているのだ。
新旧、大小入り乱れ、大規模修繕工事が集中
実際、タワマンの竣工年を15年後ろにずらしてみると、18年から急激に棟数が増えてくるのがわかる。目先のピークは22年だ。それを過ぎても24~25年まで高水準が続く。
タワマンの大規模修繕にかかる工期の目安は、1フロアにつき1カ月ほどだという。現在、日本で最も高いマンションは、東京・西新宿の「ザ・パークハウス西新宿タワー60」の60階建て。これを単純計算すると工期は60カ月、実に5年にも及ぶことになる。6カ月程度といわれる中低層マンションの工期と比べると、実に10倍に相当する長さだ。もっとも複数階を同時に施工したり工程を工夫したりすることで、工期は大幅に短縮できるという。
工期が長いということは、年に五十数棟の新規大規模修繕が出てくるうえ、複数年にわたる物件の施工を同時並行的にこなす必要があるということだ。つまり、仮に18年からゼロスタートとすると、18年は新規の五十数棟だけだが、19年は18年の五十数棟を継続施工しながら、新規に五十数棟に着工。20年には19年までの既着工100棟超に加え、新たに50棟を施工、という形になる。
しかも、大規模修繕の適齢期を迎えているのはタワマンだけではない。00年代初頭には、大規模修繕の周期が12~13年程度といわれる中低層マンションも、年1500棟超が数年にわたって供給されてきた。このため、ただでさえ大規模修繕工事が増えているところに、新たに工期の長いタワマンの修繕工事が加わることになる。
大規模マンションでは施工方法も特殊に
施工方法も懸念材料だった。一般的な中低層マンションで使われるのは、固定式の枠組み足場。だが、高さが45メートルを超えるようになると、施工性や安全性、工事中の住民の居住性などを考慮し、屋上から吊り下げて昇降させるゴンドラや建物にレールを設置し足場を移動させる移動昇降式足場(リフトクライマー)を使うことになる。
ゴンドラや移動式昇降足場は、タワマンの形状などを考慮したセミカスタムメイドが一般的。このためゴンドラが不足するという観測も流れた。
仮設ゴンドラのトップメーカーである日本ビソーの小俣由起夫・営業推進部長は「供給体制に不安はない」と断言する。やがて来る大規模修繕工事ラッシュを見越して研究開発を進めるとともに、00年代初期から生産体制を整えてきたからだ。
「それよりも、年間に施工できる棟数は工事を請け負う業者に懸かっている」(小俣部長)という。
マンション工事の世界では、新築と大規模修繕とでは業者はある程度のすみ分けができている。だがそもそも修繕工事の専門業者はそれほど多くない。しかも、タワマンのような大型の工事ができる専門業者はさらに限られる。大手ゼネコン子会社も元請け責任として修繕工事を請け負うが、これも大規模修繕工事が集中すればすべてを受け切れるわけではない。
人員確保をどうすれば・・・・
管理会社が抱える不安
では、こうした大規模修繕ラッシュ到来に管理会社はどの程度備えているのか。ある財閥系管理会社の社長は「弊社は管理しているマンションすべてのスケジュールを把握しているので、問題ない」と胸を張る。だが、同じ時期に同業他社も一斉に大規模修繕に取りかかる。ただでさえ建築現場は人手不足なのに、人員をどのように確保するかという疑問への返事はなかった。後日、同社の現場担当者に同じ質問を投げかけたが、「協力会社とともに事前に体制の準備を整えるよう努めている」と回答するのみだった。
タワマン物件を最も多く管理している三井不動産レジデンシャルサービスにもこの疑問をぶつけてみたが、明確な回答はなかった。
一方、三菱地所コミュニティの答えは明快だった。一般的な管理組合だと、大規模修繕工事の準備に入るのは工事の2~3年前からだ。ところが、同社は竣工後8年目から実施時期をターゲットにして、資金計画を含め基本的な打ち合わせを開始する。5~7年の時間をかけることで、消費税率アップや何らかのトラブルによる資金不足などにもある程度、柔軟に対応できるという。
さらに、人員確保にも知恵を絞る。10年ほど前から「プライベートライセンス研修」と呼ぶ制度を導入。専門業者の作業員に研修を課し、試験に通った作業員にライセンスを与える。そして、自社の監理現場に関しては、ライセンス所有の作業員を名指しで配置要請を出す。こうして、”指名”をすることで、作業員の囲い込みを行っているのだ。
ただ、こうした取り組みは極めてまれ。職人と資機材の不足が大規模修繕工事のネックとなり、工事費を膨らませる可能性は大きい。
売り出したときから
仕込まれた地雷
不安要素は、発注する側のマンションの財源にもある。
たとえば、さいたま市にある総戸数約200戸のマンション。築15年が経つのに1平方メートル当たりの修繕積立金は新築当時と同じ60円のまま。累積でも1億6700万円程度しか積み立てられていない可能性がある。
分譲マンションは購入したときから計画性を持って十分な修繕の積み立てをする必要がある。しかし、デベロッパーの間では売りやすさを優先するあまり、当初の修繕積立金や管理費を過度に安く設定するケースが後を絶たない。自社が管理を請け負うことを考え、修繕積立金を段階的に引き上げる計画のマンションも多い。だが、あらかじめ引き上げると決めていても、住民の反対に遭って予定どおり引き上げられてはいないマンションも出てきている。
本誌は不動産情報サイト「マンションレビュー」を運営するグルーヴ・アールの協力の下、首都圏にある20階以上のマンションの修繕積立金を分析した。550棟強について、グルーヴ・アールから資料提供を受けた各物件の1平方メートル当たり修繕積立金・管理費に平均専有面積(東京カンテイ提供)を掛け、1戸当たりの推定修繕積立金、推定管理費を試算した。東京都・豊洲、月島、神奈川県・武蔵小杉など、首都圏でも有数のタワマン密集地を抽出してまとめたのが左表だ。←表省略
8割は修繕積立金不足
膨らむ将来への不安
国土交通省は11年4月に「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」を発表。その中で、新築入居時に払う修繕積立基金がゼロ、30年間の均等払いと仮定した場合、20階建て以上では1平方メートル当たり月170~245円積み立てておくことが望ましいとした。
もっとも修繕費用はタワマンの形状や躯対(基本構造)、共用施設、使われている素材などによって異なる。国交省も「個別の事情は異なる」と説明する。
あくまで1つの目安と認識したうえで国交省の基準を表のマンションに当てはめると、驚くべきことがわかる。
全体で8割強のタワマンが積立金不足となるのである。国交省の目安を超える修繕積立金を積んでいるのはわずかに2物件しかないというありさまだった。
たとえば、品川のBマンションは竣工後14年が経過するのに、累計で2億7030万円しか貯まっていない可能性が高い。総戸数が163戸ということから考えると、1回目の修繕費用は切り詰めれば何とか賄えそうだ。だが、2回目以降は困難が予想される。1回目は外壁など目に見える範囲の補修で済むが、2回目、3回目と進むにつれ、給水設備や排水管、建具や金物、1基数千万円はかかるエレベーターの基盤や主要部品の交換など必要となる工事が増えていき、それにつれて必要となる修繕積立金も膨らんでいくからだ。
巷間いわれる
成功事例は本物か
埼玉県川口市に、タワマン大規模修繕の試金石といわれた築20年のマンションがある。15年から2年かけて行われた1回目の大規模修繕の費用は実に12億円。1戸当たり180万円に上ったという。これらは一時金の徴収を行うことはなく、20年間に貯めた積立金だけで足りたが、蓄えはすっかり吐き出した形となった。
グルーヴ・アールによると、同マンションの修繕積立金は1平方メートル当たり月額たった93円。国交省の目安を大幅に下回る。これから、修繕積立金の増額に踏み切らなければ、2回目の大規模修繕は2035年以降に持ち越さざるを得ない。このマンションは、巷間、タワマン大規模修繕の成功例だといわれている。だが、2回目以降の展望を考えたとき、はたして、本当に成功だったといえるのか、疑問が残る。 (週刊東洋経済:筑紫祐二)